少年は、ジョーを追いかけるピーターパンに変身する。
真っ白に燃え尽きて最後には灰だけが残る。
次の頁を開いた瞬間・・・・・・・・
人はいつしか大人になる。
親の有り難味の前に、勝手に自分で育ったものだと、錯覚しながら。
体だけが大きくなっても、頭の成長は悪化するばかりだ。
少年の頃に見た、あしたのジョーのラストがいつしか
現実の風に消されてしまいそうな時がやって来る。
そんな脳裏を横切りながら
新宿辺りのバーを連日の様に彷徨っていた頃。
当時、行き着けだった、飲み屋のカウンターにその日も腰をおろし
グラスを傾けていた。
職業不信の仙人みたいな髭のオヤジ、二丁目辺りから流れて来るオカマ、
片言の日本語で一方通行の会話をして来るブラジル人・・・・
そんな面々が集う風変わりな飲み屋であった。
オールドクロウを氷で転がし、飲み干すのがこの店での日課だ。
風変わりの店に来ると、自然と客同士が他愛の無い会話を始める。
この日は、カウンターの横にメガネをかけた地味な男が飲んでいる。
健全にも見えるし、不健康そうにも見えるがとにかく俺と同じ位良く飲む人だ。
日本酒の話と、秋田県の話をしたのを覚えている。
それから(あしたのジョー)の話になり盛り上がった。
ラストのジョーは真っ白に燃え尽きた・・・・・・
あしたのジョーのファンの間では、最後の矢吹丈がどうなったか?
がテーマである。
そのうち周りの常連もこの会話に紛れて来る。
まったく、男とはあしたのジョーが好きな生き物だ。
ホセにやられ燃え尽きて死んだ。
パンチドランカーになり、カーロスリベラとシャドーを打ち合い生きている。
おっちゃんの後を継ぎ、会長になった。
ホセに再戦を挑みチャンプになったとセンスの悪い回答をする輩もいた。
白木葉子と結婚して幸せな家庭を作っているかも。
仙人がそんな事を言ったから、メガネの男は過敏に反応した。
きっとあの物語には続きがあるんだ・・・
それは自分の想像で描けば良い。
ジョーのラストを見てその後、自分は何が残せるかだな・・・・・
メガネの男はそんな回答を残し店から消えて行った。
まったくその通りだ。
されど、漫画本だがあしたのジョーを読んで、
実際にボクサーになったと言う人もいるし、
俳優やミュージシャンにもフリークは腐る程いる。
人の人生を左右させる物語だ。
「マスター、さっきのメガネの人何者?只者でない?」
「俺も良く知らないけど、漫画家の先生だよ」
「漫画家?エロ漫画かアングラ漫画?」
「あっサイン貰った事があったから」
マスターは色紙を見せる。
土田世紀
俺は一瞬で先程のメガネの人が漫画家、土田世紀と確信した。
たまたま、食堂で読んだ、(編集王)に泣かされ、未成年をここに来る前に読んだばかりの出来事だったからだ。
土田世紀の世界
世間を旨く渡る事の出来ない男達の哀愁歌であり、悲しみであり、熱さであり・・・・・
ちばてつやではなく、梶原一騎でもなく、ましては手塚治虫先生でも無く・・・
平成の渇いた時代のメッセージである。
現代の純文学であり、愚かな男の日常であるのだ。
矢沢永吉、松田優作、金子正次、萩原健一、勝新太郎・・・・・・
昭和を代表する偉大な男達の世界。
泥にまみれた男臭さを告いだ作品は、この世にそうは存在しない。
そんな題材を見事に、自分のカラーで表現した数少ない作家である。
ヒーローものではない、等身大の男達が道に迷いながらも生きる。
時には野垂れ死に、太陽の光すら昇らない。
そんなリアルな世界だから俺は一気に心を奪われていた。
その後、一気に土田世紀の作品を買い漁った。
俺節、同じ月を見ている。ギラギラ、夜回り先生・・・・・・・。
いつも男達は何かに、苦しんでいた。
得と言うものを選ぶ事が出来ず、自然に損という人生に足が向いても
誰よりも前向きに生きている。
癌で余命僅かな夫婦の愛の話。売れない演歌歌手の土周り、
中年サラリーマンがホストに返り咲き・・・・
テーマは常にシビアでリアルであった。
その後、土田先生と店で会う事はなかった・・・・・。
それから月日は流れ・・・・・
2012年4月24日肝硬変にて他界。
その死を、ボクサーであり熱い記事を連発する
ボクサーひこさんの記事で特報を知った。
後に土田世紀先生と交流のある別の漫画家に聞いた話だが、
外で会った時は素面の時を見た事が無い・・・・・
常に酒を常用していたから死を早めたのだと・・・・・・
アル中を否定するつもりは一切ない。
俺もアル中みたいなものだから。
肯定もする気はないが、されど人間。
禁欲にまみれた人生より、酒の力でも何でも良い。
こんな素晴らしい作品をたくさん残してくれたのだから。
ジョーのラストを見てその後、自分は何が残せるかだな・・・・・
文字通り、土田世紀は、燃え尽きた矢吹丈を見て、
センセーショナルな作品の数々をこの世に残したのである。
月日は流れても・・・・・
俺は矢吹丈を追うピーターパンである。