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Channel: 志度拓哉のブログ
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実録 川久保の兄貴 任侠に生きる前科者

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川久保の兄貴が、刑務所から出所したのは、
ある2月終わりの、凍てつく寒い朝であった。

刑務所に入る人間と言うのは、9割以上は人並み以下で、
社会からはみ出した、アウトローである。
方時も薬を手放せないジャンキー、
不景気の為に、詐欺や窃盗等で凌ぐ者、
違法な生き方しか出来ないヤクザ・・・・・・

そんな中で川久保の兄貴は他とは違っていた。

八王子辺りで、ヤクザものと喧嘩して、
相手の打ち所が悪く傷害致死にて4年間刑務所に服役していた。

相手が誰であろうと、人を殺めるのは、刑に処されるのであるが、
この相手のヤクザものは、借金の形に、人様を薬漬けにして、
平気で売るような悪事ばかり重ねていたと言う。

口八丁で金銭に困る人達に、違法高利で金を貸し、
溜まった利子を取る為には、何でもやると言う卑劣な男で、
たまたま、川久保の兄貴の知り合いが、この男に騙されて、
有り金どころか、苦労して建てた家まで持っていかれ、
仲裁に入った所、狂った男が刃物を持ち出し、
それに抵抗したのが、兄貴であった。

兄貴は極真空手の有段者であり、
素人が刃物を持ったところで、立ち向かえる相手ではなかった。

男は運悪く、頭を打ち、脳挫傷で死去。

裁判や検察と争えば、正当防衛になる可能性も高かったが、
どんな、理由にせよ、人を殺めたら、罰を受けると、
兄貴は自ら、赤落ち(刑務所行き)を望んだ。


角刈り頭に、黒のブルゾン型の皮ジャン、黒のボストンバックを抱えて
川久保の兄貴は4年ぶりに娑婆の空気を吸った。

とても温厚な人で、俺より一回り違う50過ぎの人だが、
俺にすら、謙虚な敬語で話しをする。

小さな酒場で高清水の熱燗を飲みながら、
「これで、生き返れました」

小さな声で兄貴はつぶやいた。

普段は寡黙で、謙虚過ぎる兄貴であるが、
ヤクザにだけは、厳しく、
ヤクザが街で飲んで、悪さをする度に、立ち上がり

「アナタ方みたいな人間がいるから、任侠は終わり、不良は法律で裁かれるのですよ」と袋叩きにする。

兄貴は組織で群れる、ヤクザを毛嫌いしていた。

兄貴は別に組織に属す、暴力団では無く、
腕の良い大工であった。

絵に描いたかの様な、昭和の男で、
60年代の高倉健みたいな任侠に生きる男である。

大体、世の中は、そういう、見て見ぬふりが出来ない人間が損をする。
器用に立ち回り、世を渡る人間に太陽の光が当たる・・・・・

元々は家庭を持っていたが、女房はすでに他界しており、
一人息子がいるらしい。

だが兄貴は
「前科者が幾ら、息子であっても近づいたらいけませんよ」
と言い、会おうとはしない・・・・・・

そんな時、酒場の引き扉が開く・・・・・

川久保の兄貴の前に立つ20歳位の男。

「オヤジ、俺、今、大学生になったんだよ。オヤジに恥ずかしい姿見せたくなかったから勉強したんだよ」

兄貴が刑務所に行く前は、喧嘩ばかりしていた高校生の悪ガキだった男が、
立派な男になって、兄貴の前にやって来た。

兄貴への出所祝いである。

それから、兄貴は、生まれて初めて、息子と杯を交わした。

普段、涙など、見せた事が無い兄貴が、下を向き、
照れながら、一粒の涙を流した・・・・・・







網走番外地 / 高倉健


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